『朝日新聞』㋁25日付け朝刊に、常民大学の紹介が載りました。
遠山、磐田、鎌倉の常民大学か取材を受け、写真のように大きく取り上げていただきました。
後藤先生がお元気な時は、坂本さんや長沼さんがよく『朝日新聞』や『朝日ジャーナル』に常民大学の活動を紹介してくれていたのですが、後藤先生が亡くなってからは
こちらの力量不足もあり全くでした。
まずは記事をお読みください。
よくまとまっていてさすがと思ったのですが、最後の項に異和感を覚えました。
私と同じことを感じたのは、常民大学のメンバー皆さんそうだったようです。
最後に電話取材を受けた鎌倉の久保田さんの思いに代表されます。
ここに紹介します。
『柳田学舎』第190号「あとがき」
「〇本誌にも転載させてもらったが、朝日新聞の2月25日号に「常民大学」の記事が載った。朝日新聞の全国版に取り上げられるのは後藤先生の没後初めてだと思うが、記事にもあるとおり、没後四半世紀が経過した現在も地域に受け継がれていることに注目し
てのことだと思う。まずはそれを喜びたい。遠山と遠州そして鎌倉の取材でその現状はよく伝わっていると思う。それだけけに最後のまとめのようになっている「つくば常民大学」のくだりにはかなり違和感をおぼえる。それは「様々な専門家に語ってもらう」ということに象徴されるようにその方法が質的に異なると思うからだ。似て非なるものだと思う。「新たな常民大学の形」というのも意味がわからない。ただ、これは「常民大学」が普通名詞となっていく過程なのかと思ってもいる。取材を受けられた櫻井さん、針間さん、名倉さん、曽原さんお疲れさまでした。(久保田宏)」
全く同意見です。己れを地域のなかで開き、「生活から学問」「学問から生活」の双方向の「生活者の学び」を中心とした後藤先生の「常民大学」とは異質なものと考えます。
私たちは、一昨年、昨年と「新しい常民大学の継承のかたち」を模索してもいます。
遠野の動きもそのひとつ。
「つくば」に名前をとられないようにがんばるしかありません。